猫の額は案外広かった

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うちは個人事務所なのでオフィスの電話はスマホに直で転送している。
スマホが電話着信になった。表示された番号は未登録の番号だ。

未登録の番号の場合はたいがい「新規のお客様」か「営業電話」だ。
少し緊張する。
声をちょっとよそゆきにして、会社名を名乗って電話に出た。
「もしもし、あのぅホームページ見たんですけど…」このパターンは新規のお客様だ。切り出し方が流暢なのが営業、慣れてない感じなのがお客様。

「はい、お電話ありがとうございます。」さらによそゆきの声で応対する。
「うち、5年ほど前に杉並区内に家を建てて、本当に猫の額のような庭があるんです。
でもなんかもう、年々雑草が酷くなってしまって、持て余してしまっていて…こんな猫の額でもなんとかなるものなんでしょうか?」

どこかに「庭の依頼マニュアル」というサイトでもあって、そこに「猫の額という言葉を最初の電話で言うと、業者の対応がよくなる」とでも書いてあるんじゃないかと思うくらい。およそ8割の方が開口一番「猫の額」と言う言葉を発せられる。

もちろんわかってはいる。日本人には謙遜と言う文化があって、自分のことや自分の周りのことはへりくだった表現をする。この言葉もそういった言葉の一つなのだ。

「粗品ですが」と渡されたお土産のお菓子が「ガリ○リ君」だったり「うま○棒」だったことはなく、大概上品で美味しいゼリーや洋菓子が美しい包み紙の中から出てくる。
愚息が東大に行っているなんて言うのもザラだし、乱筆乱文の手紙は万年筆で美しい行書で書かれていることの方が多い。

そう、日本人はあらたまった場所で、むしろちょっと上質な空気感を表現するときこのような極端にへりくだった言葉を用いる。相手への思いやりにつうじる素敵な和の文化だと思う。

でも自分の家の庭を狭いと謙遜して言う「猫の額」という言葉には他の謙譲語とは少し違う心が込められているような気がしたので、この言葉の由来を調べてみた。

辞書で「額」と引くと「眉毛と髪の毛の生え際の間をさす」と載っている。
猫の顔を見ても大きな瞳やヒゲはよくわかるが、そもそも顔全体が毛で覆われていてどこからどこまでが額なのだかよくわからない。
「あるのだか、ないのだかわからないようなもの。→とても小さいもの」という展開になったと言う説が多いようだ。

額の定義がわからないのはほとんどの動物に言えることだと思うが、どうやらそれは猫が昔から私たちの身近で愛された動物だったので、「猫の額」と言う言葉が広く受け入れられて行ったようだ。

たしかに「猫の手も借りたい」「猫をかぶる」「猫の子一匹いない」など猫を使ったことわざは多い。

そうだ!「猫の額のような狭い庭」と言う言葉の中には愛があるのだ。
どことなく可愛らしい感じがする言葉だし、ちょっとユーモアもある。
私の所に「うちの猫の額のような庭」と電話をかけてくる人は、「こんな狭いところでは何もできない。と言う思いの中にもしかしたら何か魔法があって、綺麗になったりするんじゃないか」と言う淡い?強い?期待を持っているのだ。

「狭くってきったない庭」と言わずちょっとユーモアを込めて「猫の額」と言うとき、そこに「庭をなんとかしたい」と言う希望や愛が芽生えるのだと思う。

ところで「猫の額のよう」と呼ばれる庭は本当に狭いのか?

日本の法律では住宅専用に建てる敷地の場合たいがい敷地の面積の半分くらいの面積までしか家を建てられない。
半分が家と言うことは「家以外の空いている土地」は、ほぼ家の一階の広さくらいば残っていることになる。
駐車スペースや脇の通路のようなあまり有効に使えないスペースを引いたとしても、どんなに狭い敷地でも、お風呂くらい(2畳)のスペースは残っているはずなのだ。2畳もあれば実はいろんなことができる。お風呂が一日の疲れを洗い流してくれるように、2畳の庭は作り方次第では一日の疲れも吹き飛ぶ癒しのスペースになる。
例えば…
大きな木は無理かもしれないが、少し高い壁を建ててそこから水を落とす。
水の落ちた小さな池の両側には香りの良いハーブを植える。
水がはねるとき、風が吹くとき、その香りが庭中に漂う。
ハーブと池以外のところはタイルなどで全部舗装してしまおう。
これで雑草の生えるスペースはほとんどなくなる。
タイルの所に小さな椅子を出してそこに座って壁を眺めてみよう。
風のいたずらで水は絶え間なく表情を変える。
いつまででも見ていられるはずだ。
お風呂で過ごすのと同じか、それ以上のやすらぎの時間を「猫の額」はもたらしてくれる。

猫の「額らしき場所」を毛並みに沿って撫でてみよう。目を細め気持ち良さそうな顔をしてそのうちゴロゴロと喉を鳴らし始めるはずだ。そう、あなたの家の「猫の額」も魔法の杖でひとなでしてみると…。あなたはきっと目を細めて喉を鳴らしてしまうはずだ。うとうと気持ちよくなり、ヨダレを垂らしてしまうかもしれない。

そうだ今度「猫の額キャンペーン」でもしてみようか。
「最初のお問い合わせの時に『猫の額』と言う言葉を使った方にはお好きなガーデンアイテムを1つプレゼント!」とか…。